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一流の物に触れて、本物を知るべきです。

英語と人生

Y. M. さん(特定非営利活動法人にて文化指導、公文式教室の英語スタッフ)


芦屋大学付属高等学校の国際文化科を卒業後、渡米し、English Language School(ELS)を経て
Chapman Universityに入学。その後、Moorpark Collegeへ編入し、中退して帰国。

金剛流能道、裏千家茶道、太極拳などを学び、現在も日本舞踊、鼓、琴の稽古をしている。
地域の子供達に、礼儀作法や踊りを指導し英語を教えている。 

 私は通っていた高校の影響によって、人生を大きく変えることが出来たと思います。 そこでの友達はもちろん、担任の先生、そして、外国人の先生方との出会いがあり、私はアメリカへの留学を決意しました。学校のカリキュラムにより、1年生ではNew ZealandHawaii、2年生ではアメリカの東海岸(Washington D.C. New York, Canada)3年生ではCanadaへ研修旅行に行きました。また、スピーチ コンテストやModel U.N.(全国の高校生が京都に集い、担当する国の政策や方針を事前に調査し、あるテーマについて、それぞれの国として議論していくのですが、すべて英語で進行されます。正に国連宛らの集いです)に参加しました。

 学校にはネイティブスピーカーのアメリカ人やオーストラリア人、イギリス人など5~6人の教師が常任されていて、週に14時間の英語の授業を受けてきました。月に一度の土曜日には、英語しか話さない日を設けており、その日は学年やグループごとに外国人教師と触れ合います。国際文化科は少人数であったため、アットホームな環境で英語が習得できたのは、私にとって、とても大きかったことです。卒業してからも、外国人の先生には留学中の相談に乗ってもらい、助けられたことを今でも感謝しています。

 日本でそのような英語の経験を積んできても、やはり私の生まれ育った環境は日本です。そして、外国人教師たちも日本に住んでいて、日本人のための学校に勤務しています。つまり、彼らは私を日本人として意識し、日本の仕組みの中でコミュニケーションをとっていました。そのため、私がアメリカに行ったときに困ったのは、やはり英語でのやりとりでした。初めてのホームステイでホストファミリーと話をするのに、とても戸惑ったことを憶えています。見ず知らずの家族と生活を共にするということに緊張するのもあって、いまいち一線を越えてのお付き合いができませんでした。

 英語のみならず、外国語を話すということは、その人の国の文化や背景と共に学ばなければ、心からの意思疎通は難しいのだと思います。例えば、ピアノを弾く時や踊りを踊る時と同じです。ショパンの曲を、いくら正確に譜面どおりに弾いたとしても、ただ弾くだけでは聴く人には伝わりません。彼がいつ、どんな場面で何を想いながら創ったのかを知らなければ、旋律の意味をなさないと思います。また、宗教的背景にも重点をおかなければならないのは、英語を習う時も同じだと思います。なぜなら、彼らは、その影響を受けた教育で育ち、それをベースに話すからです。

 日本舞踊を踊る時も同じです。物語を知った上で踊るのはもちろん、振りの意味も考えて踊らなければ、まったく見ている人には通じないのです。ただ単に扇を開くだけではだめなのです。扇を色んな物に見立てて表現しなければなりません。英語で “GOD”(神)と一言で表したとしても、人それぞれで意味が違うのです。 

 また、何かを学ぶ時に共通して言えることは、一流の物に触れて、本物を知るべきです。そうすることによって、話がどこでも通じるようになるのです。

私は今、日本で文化活動をしています。特定非営利活動法人に所属し、子育て支援や国際交流、団塊世代を含めた三世代交流など、イベントを通じて日本の伝統文化を広める活動を行い、地域社会に密着しながらよりよい街づくりを目指しています。そして、それと同時に、日本舞踊や鼓、琴の稽古をしながら、地域の幼稚園から小・中学生の子供たちに礼儀作法や踊りを教え、その子供たちが世界でも適応できるように英語を指導しています。

 そんな私のこれからの夢は、異文化交流という場で、世界の様々なジャンルで活躍する方々に、この移り行く社会の中でもしっかりと生きてきている日本文化を伝え、「文化の輸出入」をしていくことです。

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