恥ずかしがらずに、積極的に英語環境に身を置き、色々と学んでいって欲しい

M. T. さん (ホテル 宿泊予約業務)

三重県出身。 中高一貫のカトリック校へ進学し、短大卒業後にアメリカ・カリフォルニア州へ留学。
Orange Coast Collegeにてホテルマネージメントを専攻。
帰国し、現在、新宿の某ホテルにて宿泊予約業務に従事している。

現在の職場で働くうえで、私が常に思うことがあります。 
それは、『もっと英語を勉強しておけば良かった・・・』ということです。

初めて英語に触れたのは小学5年生の頃、近所で英語塾が開かれたのがきっかけです。 大学生の若い女の先生で、通っている子も、私も含め近所の子供達ばかり。 アルファベットを覚えたり、動物の単語を覚えたり、歌を歌ったり、塾というよりもむしろ、お稽古ごとに近い感じでしたが、とても楽しく、毎回、塾の日を楽しみに通っていました。
ある日、私の手元に一通の絵葉書が届きました。 先生が夏休みにアメリカ旅行に行き、その際、生徒一人ひとりに絵葉書を送ってくれたのです。 その写真を見た時、『私もアメリカに行ってみたい』と初めて思ったのでした。
その後しばらくして、先生は就職のために塾を閉鎖し、私は中学校へ進学しました。
私の通う中学校は中高一貫のカトリック校で、英語の先生はアメリカ人でした。 毎日英語の授業があり、公立で使う教科書は一切使わず、ブロック体よりも先に筆記体の練習から始まりました。 お陰で全国統一模試等ではそこそこの結果を残すことが出来た気がします。 

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中学2年の夏、母親に連れられて、ある新聞社主催の留学説明会に参加をしました。 そして夏休みの1ヶ月、オーストラリアでホームステイをすることになりました。 初めての一人旅行で、しかも海外だということもあり、はじめは不安な気持ちでいっぱいでしたが、いざ行ってみると、小さな子供が1人で来ているからという理由で、周りの人はみんな凄く優しく接してくれ、日本語が一切話せないホストファミリーも、一生懸命私とコミュニケーションを取ろうと、日本語の本を片手に、色々と話しかけてくれました。  とても楽しい毎日でした。
しかし、最終日のいざお別れという時に、ある大きな出来事が起こったのです。 オーストラリア滞在のお別れ会で、どうしても私は一緒に来ていた日本人の友達のそばにいたくて仕方がありませんでした。 せっかくホストファミリー総出でお祝いに来てくれていたのにです。 そして、ホストマザーに何かを話しかけられても、何を言っているのか全く理解できず、結局、日本から一緒に来ていた引率の方に通訳をしてもらうことになりました。 
1ヶ月間、一緒に生活させてもらって、そんなことは初めてでした。 ですから、余計にその出来事が幼いながらにとてもショックで、その時初めて、『英語は一生懸命聞こうとしない限り、ただの雑音と同じなんだ』ということに気が付きました。

その後、月日が経ち、短大へ進み、普通に就職活動をしていた私に、ある日、また母親が、『留学でもすれば』と声をかけてくれたのでした。 その一言がきっかけとなって、一気に留学準備へと急展開することになりました。
短大を卒業してから2年後の春、準備資金もある程度貯まり、念願のアメリカへ留学することになりました。 
最初は緊張し通しで、周りの人達と意志の疎通をはかることすらままならない状況でした。 でも、日本では味わう事の出来なかった文化に触れられ、大変充実した日々を送ることができました。
ホストファミリーは今まで何人も留学生を受け入れており、とても優しい老夫婦で、アメリカでの文化や過ごし方等を色々と教えてくれました。 ただ、その分、日本語もかなり知っていたため、あまり英語を使わなくても会話が成り立つという状況に、むしろ焦りを覚えたので、私は家を出ることに決めました。

アパート暮らしになり、アメリカに来て半年ほど経った頃、住んでいた部屋の電話が突然不通になり、1人で大家さんに相談しに行くことになりました。 当時の私は、ルームメイトに頼りっきりで、そういった大事な要件は全て任せっきりになっていました。 でも、それじゃあ渡米した意味がないのではと思い、勇気を出して、1人で管理事務所へ向かいました。 そして、自分なりに考え、一所懸命説明をしたつもりでしたが、相手は全く理解してくれず、『あなたの言っている事は全然わからないわ』と面と向かって言われ、あまりに悔しくて、1人泣きながら家に戻りました。 しばらくして、ルームメイトが帰ってきたので、その件を報告したところ、ここで負ける訳にはいかないのではないかと説得され、ルームメイトに同行してもらって、再度管理事務所へ向かいました。 今度は別の人が対応してくれ、私のつたない英語をちゃんと理解してくれて、ルームメイトがその前の担当の人の態度を抗議してくれたところ、とても申し訳なさそうに謝ってくれました。 この件で私は、更なる英語の勉強の大切さを気づかされました。 そして、いかに学校の先生や数日前までお世話になっていたホストファミリーが優しく接してくれていたかを改めて実感したのでした。
そうして、なんやかんやと、アメリカで5年ほど過ごし、日本に帰ることになったのです。 

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日本に帰ってきて、私はホテルに就職しました。 そこでまた、大きな挫折感を味わうことになったのです。 
就職したての頃ですが、海外に英語でメールをしなければならなくなり、日常会話はある程度、不自由ないくらいの英語力はあったつもりでしたが、ビジネス英語を使うのは初めてでしたので、辞書を片手に必死に文章を構成しました。 そして、送信したところ、CC(複写機能で、同じ内容のメールを送信する機能)に入っていた営業の人から、思いっきりダメ出しをくらってしまいました。 『誰があんなメール送ったの? あなた? 何年留学してたんだっけ? 5年? 5年もいてその程度?』と。 今度から送る前にチェックを入れてもらう事となり、その件は落ち着きましたが、私にとっては大変屈辱的で、即刻ビジネスレターの書き方の本を買い込み、一から勉強をし直しました。
そして現在も同じ部署で働いています。 ようやく、何とか海外のゲストやエージェントともやり取りが出来るようにはなりましたが、過去に受けた屈辱は忘れないで、日々勉強をしていかなければいけないと心に留めながら働いています。

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英語は使わないと、すぐに忘れてしまいます。 特に単語は、普段使っている言葉以外のものはなかなか口にも出てきません。
留学を決めた当時は、『映画を字幕無しで見られたらいいな~』くらいの軽い気持ちでしたが、現在でも、家でDVDを見るときなどは、極力、字幕を付けないで見るようにしています。 また、辞書は英英辞典を使うようにし、なるべく頭を英語脳にしようと、少しながらの努力をしているつもりです。 それでもやはり、昔とは違って、スムーズに英語が頭に入ってはきませんが。

『英語の発音が染み込むのは3歳くらいまで』と良く聞きますが、本当に若いうち、頭が柔らかいうちになるべく英語の環境に慣れておくことは非常に大切だと思います。
これからも世界の共用語として英語を使う機会はどんどん出てくるはずです。 これから勉強を始める人も、恥ずかしがらずに、積極的に英語環境に身を置き、色々と学んでいって欲しいと思います。
私も過去の経験を生かし、『日々努力』の精神で頑張っていきたいと思っています。

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