やってだめな方が、やらなくてだめな方よりずっと良いと思います

石坂拓郎(Takuro Ishizaka)さん(Cinematographer:撮影監督)

神奈川県川崎市生まれ。高2の夏に渡米、アリゾナ州にある高校に編入、大学に進学し、
写真を通じて映画に興味を持ち、Chapman University, School of Film & TelevisionのFilm Productionを卒業。
在学中に撮影監督(Cinematographer)に興味を持ち、その道を進む。 
現在、カリフォルニアのロサンゼルスにFrameworks Films Inc.を設立し、
そこを拠点として、日本、アメリカでCinematographerとして活動中。 現在、渡米19年目。

~英語との出会い~


英語に最初に一番触れたのは、歳の離れた姉が良く聞いていたQueenの曲だったと思います。 子供の頃からその曲が好きで、いつの間にか聴く曲のほとんどが、洋楽ばかりになっていました。 ロック全盛期のおかげもあったと思います。
日本盤のレコードやCDには、幸い歌詞カード(日本語訳)が付いて販売されていたので、それを見ながら歌詞を覚えたりしました。 そして、書いてある言葉なのに、口に出して歌われる時には省略されていることがあることを知りました。 歌は一番簡単に手に入れられる生きた英語だったと思います。 その後も、映画などのサントラを買ったり、映画メイキングの本を買ったりと、何となく英語に触れながら暮らしていたと記憶しています。

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中学二年の時に、夏の間だけ、カルフォルニアにホームステイをする機会がありました。 サクラメントでのホームステイを最初に、最後はロスアンゼルスのUCLAキャンパス内(カリフォルニア大学ロサンゼルス校の構内)の英語教室に通うプログラムでした。 初めての英語漬け生活でしたが、行く前に持っていた恐怖心などは、楽しさが吹き飛ばしてくれました。 これをきっかけに、アメリカへの留学を本気で考えるようになりました。
一度外の魅力に触れると、日本での日常がとても色のない物に思えてきて、アメリカに戻りたい気持ちが膨らんでいきました。 高校一年までは我慢したのですが、そこが限界で、ついにアメリカへ行く事に決めました。 以前行った、あのカルフォルニアに留学したいと思っていたのですが、ウェスタンの魅力を前面に出していたアリゾナの全寮制高校へ行く事に決めました。 そこは変った学校で、馬を毎日乗る事も出来る農場の中にある学校でした。

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~留学~

留学を決める時に、一番不安に思うのが言葉だと思います。 少なくとも、私はそうでした。しかし、実際に行くと、人間の違い、文化の違い、常識(あたりまえ)の基準の違いなど、言葉以外の多くの「違い」に気づかされ、そして悩まされます。 
高校に留学して初めての年に、住んでいた寮の部屋で、次々と物が無くなっているのに気づきました。 時計やトラベラーズチェックなどです。 どこを探しても見つからないため、おかしいなと思っていたところ、学校の先生から、「君のトラベラーズチェックを生徒の一人が、学校内の銀行で現金化しようとして捕まった」と言われました。 捕まったと言ってももちろん、先生にです。 その後、先生達による学校内の裁判のようなものが行われ、まず、取られたトラベラーズチェックを見せられました。 そこには、なんと自分の部屋の隣の生徒の名前が書かれていました。 本当は、使用前に書いてあるサインと同じサインを、下の部分に、使う時点で書かなければいけないのに、なぜかそこには上部に書かれてある自分のサインではなく、盗んだ生徒の名前が書いてありました。 それを見て、あきれて物が言えませんでした。 しかし、さらに驚いたのは、先生に、「きみもそんな盗りたくなるような場所に置いておくのはいかんよ」と注意されたことでした。 アメリカでは、自分の事は自分で守るという意識が国民の中に根強くあります。 極端な一例ですが、常識というのは、国が違うとこうまで違うのだなあと感じた瞬間でした。

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アリゾナの高校に行き始めてしばらく、ESL(English As second language)のクラス を取りながら普通の授業も取っていました。 歴史の授業を取った時に、日本で受けていた授業との大きな違いに気づきました。 ほとんどのテストがエッセイだったのです。 日本だと、名前や年号、地名などが主に記憶する対象となりますよね。 単語の穴埋め的な問題が多いと思います。 しかし、アメリカのテストのほとんどが、質問に対して、その時代の人名、年号、重要な出来事を織り交ぜながら、自分の文章で説明しなければならないものでした。 そのため、必然的に歴史の流れを理解していないと文章には出来ません。 おかげで、名前や数字だけを記憶するのではなく、物事が起こった流れとともにそれらも記憶するようになりました。 
こういった、一人一人の物事の解釈をチェックする、「ただ単に単語を覚えさせるのではない、考えさせる教育」が自分にはとても合いました。 日本にいる時にはつまらなかった授業が、知識を得る楽しい時間に思えるようになりました。
学校での友達作りも、最初は簡単なことではありませんでした。 恐らく、留学生とアメリカ人の生徒の双方にとって、意思疎通が容易ではなかったからだと思います。 アメリカ人にとって、当たり前に話せる言葉がしゃべれない外国人に対して、どういう接し方をすればよいのか分からないのが当然で、優しくしたり、からかったりと、探りながら接しっていき、ゆっくりとお互いの関係が築かれていきます。
留学する場所によって、扱われ方は結構違うようですが、自分はラッキーだったのではないかと思っています。 適度にからかわれて、適度に相手にされ、次第に友達も増えていきました。 しゃべれなくても、しゃべろうとするのが一番大事で、間違えるからしゃべりたくないという考えでは、全くうまくなりません。 ただし、みんなが最初に覚える悪い言葉は、使う場所、使っていい場面を判断出来る位には、理解しておいた方が良いですね。 知らないで大恥をかくことはしょっちゅうでした。

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~日本・日本人~

留学を通して得られた多くのことの中で、最大の成果は、自分のアイディンティテーを再確認させられたことでした。 日本人であるということです。 日本は、日本人やアジア人が多く、白人や黒人に囲まれて育ってきた人は少ないでしょう。 周りに居るのが日本人で当たり前の生活です。 ところが、一度外に出れば自分が外国人なのです。 この当たり前のことって、意外に意識していませんよね。 アメリカ社会にいれば、自分はあくまで日本人なのです。 
色々と日本について、質問攻めにあいました。 その時に、日本について、あまりにも自分が無知なことを知りました。 自分が住んでいた国、一番知っているはずの日本なのに、アメリカ人のいろいろな質問の中で、答えられないことが数多くありました。 「禅」ってなに? 「能、歌舞伎」を簡単に説明出来ますか? 意外と生活の中で意識してこなかった自分の国に関すること、授業をつまらないと思っていた歴史の大切さなどを再認識しました。 外ばかりに目を向けていたためでしょう。 しかし、これも外の世界に出て、初めて認識できたことだと思います。 
スペイン人、アメリカ人、フランス人、ドイツ人など、みんな自国の自慢をする人が多いのです。 その中にいると、日本人として自分の国の自慢出来る部分などを考えさせられます。 ただひたすら出て行きたかった日本、その魅力にようやく気づかされたのです。 日本から出たことの一番大きな成果は、もしかしたらこれかもしれません。 問題も魅力も、ちょっと離れた立場で、外からゆっくり眺めたり、他の物と比べてみると、はっきり見えてきたりします。

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~仕事~

現在、映画のカメラマンという職業を通して、多くの国を訪れる機会があります。 タイ、中国、ブラジル、ロシア、日本、アメリカなど、どこの国に仕事に行っても、それぞれの国の人が、その国の常識やルールを押し付けてきます。 他国に入っていく人も、自分の価値観、ルール、常識を持ち込みます。 そんな時、偏見の目で見る前に、その国の風習や言語などを色々な角度から判断して、それに合った対応で人に接して行く方法を選ぶことができるようになりました。 
自分の常識を一方的に押し付けて行くやり方では、映画は作れません。 多くの人が関わり、決して一人では作れないのがまた魅力なのでしょう。 また、映画は国や町の構造、法律などで撮影のやり方が大幅に変わってきます。 決して一つのルールが、すべてに当てはまらないのです。 そのため、みんなが話し合い、良いところを学び、悪いところを知るという作業が必要です。 
このとき、英語のおかげで、自分の言い分だけでなく、相手の良い部分も等しく判断出来るのは非常に大きな利点です。 たとえ、英語圏で生まれ育っていない人でも、英語をしゃべれる人は多くいます。 通訳を通して聞く意見は、少し和らげられたり、無駄なことを省かれたりしています。 これは、どんなに優秀な通訳でも、起こりえるのです。 英語が出来ると直接相手と話せる機会が増えます。 すると、ずっと物事がスムーズに進むのです。 洋画を英語で聞くのと吹き替えで聞くのでは全く違うのと同じです。 英語は道具です。 使い方は人それぞれですが、うまく使えば、本当にこれ以上の道具は無いでしょう。 高校の時に留学してから、あきらめずに続けて英語を身につけておいて、いまさらながら、本当に良かったと思っています。

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これから英語を学ぶ人、学んでいく人は、とにかく英語を聞いたり、しゃべったりする機会を増やしていく努力をしてみてください。 完璧でなくても良いのです。 しゃべりだす事が一番大切だと思います。 英話のネイティブの先生に、自分が抱いた単純な疑問からで良いと思います。 どこから来たのですか? 日本にはなぜ来たのですか?など。 とにかく質問を考え、その答えを理解しようとすることが一番の勉強です。 英語は、コミュニケーションの方法の一つですが、一番多くの場所で使うことができるものだと思います。 さらに最初の一歩としては、一番入って行きやすい言語だと思います。 グローバル化が進んでいるこの世の中では、日本にいても使う機会が益々増えていくと思います。 日本にいるからいらないと思わずに、是非、頑張って身につけてください。 新しい世界が開けます。
映画、映像の世界に進みたい人は、なおさら英語を身に付けて下さい。

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今、一国だけでなくいろいろな国に出て行って働ける機会がどんどん増えています。 海外の映画、コマーシャルが日本に来たり、日本のコマーシャルが海外のあらゆる場所に行っています。 海外との共同制作なども頻繁に行われています。 ネットなどの発展もあり、本当に世界は狭くなってきています。 そして、現実的に共通言語として一番使われているのが英語です。 英語が分かっていて、絶対に損することはありません。 せっかく良い作品に参加する機会があっても、コミュニケーションが取りにくいということだけで敬遠されたり、採用されなかったりもします。 やはり直接コミュニケーションが取れるということは相手の安心にも繋がります。 プロデューサー、役者、監督、カメラマンと、どの職業に就いても同じです。 コミュニケーション手段は、多いのが一番です。 色々学びたい人にとっても、日本語訳されていない英語の本などから、情報を得て、有効に使うことが出来ます。 日本のスタイルを外に広めたい人、日本の外のスタイルを学んでいきたい人、どちらも英語をしっかり身に付けることが、大きな出発点となることでしょう。 英語に関しても、なりたいと思う映像の職業に関しても、後悔しないように、まずやってみる、チャレンジしてみることが最も大切だと思います。 「やっとけばよかった」が、一番悪い後悔の言い訳ですよね。 やってだめな方が、やらなくてだめな方よりずっと良いと思います。 勇気を出して、まず第一歩を踏み出しましょう!

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